《ハーフコラム》オコエ瑠偉選手の告白にハーフの私が思うこと。

 

プロ野球選手のオコエ瑠偉選手が、アメリカに端を発し世界各国に広がるBlcak Lives Matter ムーブメントに寄せて、自分が過去に経験してきたことについてツイッターやインスタグラムに文章をのせました。

オコエ選手はナイジェリア人のお父さんと日本人のお母さんをもち、日本で育ちました。
日本で育ったアフリカにルーツのある人として、この時勢に彼の体験も聞いてみたいという声が多かったようでこの文章を公開するに至ったようです。

「自分の物凄く嫌だった過去」と表現しているように、
これを公開するのにはものすごく勇気と決意が必要だったと想像します。

それでも彼と同じような境遇にある子どもたちと、その子どもたちの保護者の役に立てばと書き記してくれました。そのような彼の行動に、同じハーフとして、「ハーフ」の親として、また日本社会の一員として謝意を表したいと思います。

 

オコエ瑠偉選手の体験はBlack Lives Matterに寄せたものでしたが、
「ハーフ」として日本社会で育つ人(特に日本の学校に通う人)にとって多かれ少なかれ似た経験をしているのではないかなと思います。

彼の体験を読んでいて私なりに思うことや考えることがあったので、このブログに書き留めたいと思います。

 

本題に入る前にもう一言。
このような過去の苦しかった経験の告白をすることはそんなに簡単なことではありません。
こうやって書き出したり、人に伝えたり、ましてや不特定の大勢に話すことは、時に苦痛を伴います。

誰でも過去に蓋をした辛い経験を掘り返すのは楽しいものではないですよね。

なので、周りの「ハーフ」の人にオコエ選手と同じように経験を話して欲しいなどと安易にお願いしないで欲しいなと思います。

オコエ瑠偉選手の場合、大人で社会的立場のある人ですし、自分で判断しての発言です。
このような経験を語るのは人それぞれにタイミングやそれに至る様々な条件、状況がそろってのことだと思うので、それを尊重しましょう。

 

 オコエ瑠偉選手の文章の全文

 

まずは、オコエ瑠偉選手がSNSに掲載した文章を載せるのでぜひ読んでみてください。

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美談で済まない「みにくいアヒルの子」

 

みなさんは「みにくいアヒルの子」のストーリーはどういう風に記憶していますか。

この本は我が家の本棚にもあり、息子に読み聞かせていました。
私は、たとえ今いる環境に馴染めなかったり、自分が周りと違うことに悩んでいたりしても、いつか環境が変わったとき、広い世界に出た時にあなたにはあなたらしく輝ける場所があるということを伝えるのにいいストーリーだなと思って読み聞かせています。

でもこれは親と子の一対一の関係だからできること。

オコエ選手は保育園の時にクラスで先生がこの本を読んだ時の居心地の悪さ、
それにより、初めて自分が周りと違うことを認識させられたと語っています。

確かに、私もこの保育園のときのオコエ選手の立場にいたら、とても辛かったと思います。どんなに最後に白鳥として羽ばたいたとしても、今の自分は「みにくい」アヒルの子なんだもん。

アヒルの家族にあたる日本人の中で読まれたら、
なおさら自分が「みにくいアヒル」という部分が強調されてしまう。

白鳥(みにくいアヒル)同士がお互いに励ますために読むというのとは意味合いがまた違ってくる気がします。

 

また、このオコエ選手の話を読んだときに、もしかしたら先生はあえて励ましの意味を込めてこの本を読んだのかもしれないという思いもわきました。

そして、私がみてきた、あえてその子のルーツを強調することで自分に自信をつけさせようするような先生たちの姿が思い浮かびました。確かにそいういうのがうまく働く子も中にはいるかもしれない。けれども、既に十分に目立ってしまう子どもにとっては、これ以上に注目されたくないという風に感じることが多いのではないでしょうか。

 

逆にアメリカでは、マイノリティの子が注目されてしまうような内容を学校で扱う時には、
その子が辛い思いをしないか配慮してくれる先生がいると聞きます。

下の堂本かおるさんのツイートがその一例ですが、
主人公が養子である物語を扱う前に、養子の当事者である堂本さんの息子さんが大丈夫かと確認をしています。

子どもの背中を押してあげることも大事かもしれないけれど、
その子がクラスの中で居心地が悪くなってしまわないかを確認することも大事にしなくてはいけないと思います。まずは目立つことがネガティブに作用しない安全は場所が確保されてから、次のステップとして背中を押してあげることができるのではないでしょうか。

 

もう一点、私もオコエ選手のこの文章に関連したツイートを読んでいて気づかされたのですが、この物語は、「灰色」だった「みにくいアヒル」が「白い」白鳥になったことを「美しくなった」と表現することから、色が白くならないと美しいとは見なされないというようにも捉えられます。

「白さ=美」という価値観の上塗りならば、
私たちのように肌のダークな者にとっては決して白鳥にはなれない。

このようにも読み取れることもできるし、
そもそも「見た目の美しさ」に価値基準を置いている本としても読めます。

一見ハッピーエンドに見える物語ですが、改めて考えるといろいろな問題も見えてきます。

 

クレヨンの「はだいろ」では描けない肌色

 

80年代生まれの私はやっぱりクレヨンや絵の具の中の「はだいろ」と対峙した記憶があります。

自分の肌はこれでは描き表せない。でもみんなは普通に「はだいろ」を使う。
先生も当たり前に「はだいろ」で描くものだと思っている。

小学5年生ぐらいの時だったかな、より自分の肌の色に近づけてみたいと思って「はだいろ」に黒を混ぜてみたことがありました。そのまま「はだいろ」を使って、「違うでしょ」と周りに思われるのが嫌だったのだと思います。

だけど黒を混ぜた「はだいろ」はくすんだだけで、自分の肌色ではなく、そのくすんだ肌色を笑われるんじゃないかといういらぬ心配も同時にしていました。(当時のクラスはとても良いクラスだったので「いらぬ」心配だったのです)

 

そんな私たちに苦い思い出を残した「はだいろ」は今はなくなっているそうです。
色そのものは残っているのだけれども、今は「ペールオレンジ」や「うすだいだい」という名前になっています。

 

でもこれって名前を変えただけで色自体は残っているということですよね。
もし、お絵かきをしている時に先生や大人たちが、「肌の色はこの色で塗りましょう」と当然のように旧肌色である「ペールオレンジ」や「うすだいだい」を示してしまったら、せっかくの名前の変更も無意味になってしまいます。

「はだいろ」の名前を変えることも大事な最初の一歩だけれども、
この↓ようにいろいろな肌の色があって当たり前というような環境にするのも大事なのではないでしょうか。

 

<参照>
「クレヨンから消えた“肌色”」(NHK生活情報ブログ)
https://www.nhk.or.jp/seikatsu-blog/800/299152.html

 

「母親とは話が合わず」の悲しい現実

 

オコエ瑠偉選手が公開した文章には「ハーフ」の経験の本当にいろいろな側面が書かれているのだけれど、その中で最後にサラッと入っていた

「母親とは話が合わず」

というこの言葉。
「ハーフ」の親子関係の大事な側面を伝えていると私は思います。

「母親とは話が合わず、唯一心の痛みを分かち合えたのは、妹の桃仁花だった」

その後に妹の桃仁花さんがInstagramのストーリーに瑠偉さんとお母さんと3人で撮った写真と共に「ママがいて、私達がいる!!!I love you mom」と書いているので母子関係は良好だったんだと思います。

それでも出てくる「母親とは話が合わない」という感覚。

親というのは一番の理解者だったり、協力者として表現されがちなので見過ごされやすいのですが、子どもと同じような経験をしてきた「ハーフ」の親ってほとんどいないんですよね。

まず2国・文化のはざまで育った親は少ないですし、
ましてや、「ハーフ」の親たちは自分が育った社会でマジョリティであった人たちが大多数です。特に「日本人」の親の方はほとんどの場合、社会のマジョリティの側として生きてきたと思います。

その「日本社会のマジョリティ」という立場は、学校などで私たち「ハーフ」の居心地を悪くしている側でもあります。

 

その違いが、どんなに理解者であろうとしても、当事者が肌感覚で感じている日々の葛藤を真に理解することが難しいのではないか、当事者の痛みや苦しさの深度まで理解できないのではないかと感じることがあります。

 

ここで「生まれつき Born With It」という、黒人との「ハーフ」の少年が日本の田舎にある学校に転校するストーリーの短編映画を紹介させてください。

この映画、この日本人の母親と「ハーフ」の息子の間の微妙な関係がとてもよく表されているのでそこに注目して観て欲しいと思います。

 

この映画で母親は母親なりに子どもを思っているのもわかるし、一生懸命子どもの背中を押そうとします。しかし息子が感じている辛さと母親の与えるライフレッスンには乖離があるようです。最後、息子が振り向いた時に母親がすでに立ち去っていたシーンがそれを象徴しているようでした。

 

「これはあなた自身の戦いなのよ」

映画の中の母親の言葉です。

彼は自分で選んで「ハーフ」に生まれたのでもないし、
自分で選んで日本の学校に通っているわけでもない。

一体これは彼だけに戦わせていい戦いなのか。

 

実は私が専業母(夫のためじゃないので専業主婦とは言わない)であることを選んだのも、私よりも複雑なアイデンティティをもち(4カ国ルーツの「ハーフ」)、どこにいってもマイノリティとなりうる息子に一人で戦わせずに、いつでも寄り添ってあげれるようにしたいという思いがあります。

自分がハーフとしての子ども時代を経験したからこその思いです。
子どもがいつ逃げ出したくなっても、逃げれる場所を作っておきたい。

この戦いに子どもを投げ出した親として、戦わせるのではなく、戦いを放棄させる選択肢も用意してあげたいと思っています。

 

「普通の日本人」の「普通」って何だろう

 

オコエ瑠偉選手の文章には「普通の日本人」になりたかったという当時の思いと、
一方で「この普通とは何だろう」という現在の問いと両方が書かれています。

 

上で紹介した映画「生まれつき Born With It」を観ていた時に、ふと子どものころに感じたこの「普通の日本人になりたかった」という当時の感覚が私にも蘇ってきました。

気づけば、現在の私は「普通の日本人」というものになりたいという気持ちは全くなくなっています。これは周りが「普通の日本人」ばかりでなくなったと同時に「普通」を疑うようになったからだと思います。

「普通」になりたかった私は「みんなと一緒」になりたかったんですよね。
それは私以外のみんなが一緒に見えたから、私もみんなと一緒になりたかった。

だけれども周りがみんな一緒でない、「普通の日本人」ばかりではない環境に入るとそんな感情は次第に消えていきました。私にとっては大学、そしてその後のアメリカ留学がその転機でした。

いろいろな人がいる環境の中では「普通の日本人」は一つの個性であって、それが絶対的なものではなくなるんですよね。

最初にでてきた「みにくいアヒルの子」の話にもつながるけれども、違う環境に身を置くと今まで「普通」とされてきたものが「普通」ではなくなる。アヒルの中にいる白鳥は普通でのないとされるけれど、白鳥の中にいれば最初からその子も普通だったのです。

誰かの「フツウ」は他の人の「フツウ」ではない。
この場所の「フツウ」は、どこかの「フツウ」とは違う。

「常識」と置き換えても同じですね。

 

「フツウ」という物差しには常に疑いを持たないといけないなと思います。

 


 

最後に、オコエ瑠偉選手の文章には「差別」と表現することへの警戒心が感じられます。

「差別と言うことが差別」といういうようなことを言う人もいるそうです。

なぜこんなにも「差別」と言う言葉が嫌われなければならないのでしょうか。

「差別」と指摘されることに対して「攻撃された」と感じているからなのか。

あなたが今まで誰からも存在を疑われることがなかった居心地の良さにヒビが入ったような感じがするからでしょうか。

自分の無知をさらけ出されたからでしょうか。

差別と言うことは攻撃ではなく指摘です。
これを学びのきっかにすればいいことであって、誰かをただ悪者にしたいだけではありません。

私たちの目的は同じ立場の人たち(特に若い世代)が傷つかないことであって、
悪者を懲らしめるためではありません。

 

オコエ瑠偉選手の文章にはいろんな側面から「ハーフ」であるがための苦い経験が語られています。ぜひ多くの人にこの文章を読んでもらい、考えてもらい、どんな小さなことでもいいので次の世代のために自分に何ができるのかを考えてもらいたいなと思います。

とくに子どもをもつ親御さんにはその子どもが見た目の違いだけで他のお友達を傷つけることの無いように話をして欲しいと願います。

 

えりざ